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2026年7月28日火曜日

針先の観察・2

 


これまでよりも高い倍率で針を撮れるようになった。この大きさで観察出来れば、針先のコンディションやダイヤチップの質、針の植わり方といった細かい、しかしながら音に直結する部分をかなり細かに見定めることができる。

針先の研磨の巧拙や摩耗の有無、植わり方による針のわずかな傾きといった見た目と音とを“≒”で結べるような単純明快な要素はオーディオにおいては音の土台と言えるので、聴いたうえで得られた音質に関する情報が見た目とどう繋がっているかをより明確に知れるというのはとても有益な事だと思う。

2026年4月23日木曜日

静かさの按配

 昨今は、否が応でも色々な情報が耳目に飛び込んで来るので、人体が普段どれほどのノイズに曝されているかという事について、私たちは耳学問でもって何となく分かっている。けれども、自分たちの感覚がそれら諸々のノイズとバランスする形で維持されているという点をあらためて考え直してみると、そうした何となくの認識が思いのほかぞんざいで時に的外れであることに気付く。ノイズについて、不要で有害な排除すべき情報としての存在とは別の側面が見えてくるからだ。

 市内の「砂丘館」へ行った時の事を思い出した。

 自分以外には来館者の一人もいない平日の館内から土蔵の展示室へ入った時、作品を観ているうちに耳鳴りがしてきて、それが収まったら今度はどこからか微かな連続音が聴こえてきた。それが自分の着けている腕時計の音だと気付くまでしばらくかかり、その間自分は音の出どころを探して誰もいない蔵の中をキョロキョロ見廻していた。厚い土壁で外部からの環境音が遮られた極端な静寂に戸惑いつつも順応した耳が、室内で唯一の音源である腕時計の音を拾っていたのだった。耳のまわりの空気が妙にモッタリとまとわりつくようなこの時の感覚は、某社のノイズキャンセリングヘッドホンの無音時に似ていた。

 ここでオーディオに目を向けてみると、ノイズを遮断して、制震して、といったような音質や静特性向上のために何かを「する」方向とは別のやり方も見えてくるように思う。平たく言えば、飛び込むノイズは飛び込ませ、震えるものは震わせておくというような。もちろん安全上必要な部分はきちんと踏まえたうえで、かつ原理主義的に走らないようほどほど(ここがいちばん大切な点かも知れない)にバランスをとって、何も「しない」方向でのオーディオいじりというようなものもあっても良いのではないか、という事だ。

 極端な静けさは騒々しさとは別にこれまた人がリラックスできない状態なのだから、オーディオの中にもうるさ過ぎず静か過ぎずの、五感が均衡状態(=リラックス)を保てるちょうど良いノイズの濃度というか、“静かさの按配”というものがあるのでは?という事で。


2026年4月6日月曜日

シュアー純正針の仕様の違い種々

シュアー純正交換針の個体差については以前「35シリーズの針」で書いたが、音の違いは製造品質のばらつきのみに由来しているわけではなく、仕様の違いにも因っている。



たとえばM44系のカンチレバーは、80年代末頃からそれまでの円い断面のパイプから扁平な仕様へと代わっている。


また、針の径も時代によって違いがある。

SC35C(交換針:SS35C)は、1970年代は針径0.6ミルで再生帯域20~20,000Hzを公称していたものが、 90年代後半には0.65ミルへと代わっており、

最終ロットに近い2016年製では0.7ミルで20~17,000Hzとなっている。


44シリーズを見てみると、M44Gは2016年製ではよく知られた0.7ミル円錐針だが、


80年代末のものには0.6ミルの針が採用されている。


カンチレバーの形状や針径が変われば、音は大きく変わる。
こうした仕様による違いに、組み立て品質のばらつきや天然ダイヤ製チップに由来する音質差が重なることでシュアーの針特有の振れ幅の広い個体差は生まれる。

ただ、コンディションの真っ当なものに限り、あくまで自身の嗜好に基いて思い返してみると、自分はこれまで“もともと音の良くないハズレ”の純正針というもの出くわしたことは、憶えているうちでは一度か二度くらいしか無い。
人と同じで、ごく稀にどうしようもないワルの出ることはあっても、おおむね「みんなちがって、みんないい」なので、演奏家が楽器を選ぶように、シュアーの聴き手も自分に合った音の針を各々探し出すことが肝要だと思う。




2026年2月24日火曜日

カートリッジとリード線・その2

 昨年末にお客さま宅へ出張した際、デンオン時代のMCカートリッジを預かった。うまく鳴らないので音を按配してほしいとの事。

「どうも線が細くて・・・この情報量でもっとしっかりと鳴るようになりませんか?」

帰ってから店で聴き返してみても、なるほどたしかにと思う音だった。細やかだが力感やに乏しい鳴り方。精いっぱい歩み寄って評価するとしたら“ソフトで聴きやすい音”といったところだけれど、疲れ気味の時ならいざ知らず、音楽を愉しみたいと思える体調のときに聴いたら欲求不満になりそうな音。柔らかめの音を好む自分がヤワだなと感じるほどだから相当だ。

両足をしっかりと地べたに踏まえたような確かさのある鳴り方へ持っていきたい。ならば困った時の頼みの綱だという事で、リード線をいつもの謎エナメル線に替えてみた。

結果は期待に反してひどいもので、いっそう弱々しく散漫な音になってしまった。針との相性はあるとはいえ、ここまで悪い方へ転ぶとは。

アンソニアのエナメル線に再交換してみたところ、相変わらず柔らかいキャラクターながらも真っ当な音になったので、この針ではこの辺りがおさまりの良いところかと一旦はできあがりとした。


それからしばらく経ってMC針の鳴らし方を思案していた際に、以前聞いた先達の言葉を思い出した。

『MCトランスにもずいぶん立派なのがあるけど、あんまり大きいトランスだと駄目なんだ。音がボケちゃって』

ひょっとしたら、リード線にも同じ事が言えるのでは?

もう一度デンオンの針を出してきて機材の設定を固定して試聴し、その後、リード線を手持ちのアンソニアでいちばん細いエナメル線に換えて聴き返してみる。



明確な音像と広い音場。端正でクリーンな高忠実度再生音だ。当店で鳴るとやや場違いな感じだが、間違いなくお客さまの好みの音だ。

これまでとは別ものになった音を聴きながら、6mVあるいは9mVといったMM針が闊達に鳴る太いエナメル線の中で、MC針の0.2mVは散ってしまっていたのかも知れないなと思った。

人間から見れば“細いエナメル線”というひとくくりだけれど、電子にとっては線態の僅かな違いは、それぞれまったく異なる道路環境なのだろう。



2026年2月20日金曜日

カートリッジとリード線

 馴染みのお客さまが針を持って来られた。

「どうも音がきつくて。リード線の交換で音良くならないかなあと」

出されたのを見ると、オーディオテクニカのVM型。

 「これ、テクニカの現行の針ですよね」

「そう。安かったから買ってみたんだけど・・・あんまり良くないやつですか?」

 「いえ。テクニカのエントリークラスは普段使いの音として練られていますから、むしろ安い製品の方が聴きやすい音に出来てるはずなんですけど、きつい音・・・?ちょっと聴いてみても良いですか?」

店のプレーヤーで聴いてみるとたしかに中高域に険があり、耳当たりがきつくて聴いていられない。

 「たしかに、だいぶひどい音ですね。おかしいな、テクニカのエントリークラスがこんな音のはずは・・・」


仕立てを見てみる。ヘッドシェルが明らかに古い。70年代のものだろうか。リード線も同じ頃のものだろう。

 「まずはリード線を替えてみましょう。こんな線がついてますし、現状からは良くはなると思いますけど、でも、この音ですからどこまでマシになるか・・・ともかく、あとは替えて一度聴いてみてから考えましょう」

リード線は今回も米国の“謎エナメル”を使うことに。


線を交換してさっそく試聴。


交換前とはまるで別ものの音が出た。オーディオテクニカのエントリークラスらしい安定感のある音。お客さまは驚いた様子だったが、自分はもっと驚いた。それほど最初の音はひどかったのだ。


数日後、このお客さまが今度はオルトフォンを持って来られた。

「これもリード線で音が良くなるかと思って」

 「これも音、良くないんですか?」

「いや、こっちはべつに悪くはないんだけど、こないだのを聴いたらこれももっと良くなるかなと」

 「どんな針でも必ず良くなるという訳でもないんですよ。最近の針はヴィンテージの線にすると逆にレンジが狭く感じたりする事があって、けっこう相性があるんです。まずはどんな感じか聴かせてください」

試聴してみると音が妙に筒っぽい。この音には聴き憶えがある。昨年の夏頃、ヘッドシェルにオマケで付いてくるような塩ビ線のリードを比較試聴した際に、古い線材で聴いた音だ。リード線を見ると、先回とは違ってチップは金めっきではあるものの、線材はやはり古い塩ビ線だった。はんだ付け部分の芯線には緑青が出ている。


 「古い塩ビ線で芯線に腐蝕の出ているものは、聴いていてなんとなく窮屈な感じの鳴り方になるんです。芯線が粉っぽくなっていたり緑青が出たりというのは、音の取水口としては詰まりかけみたいな状態なのかも知れませんね。試しに同じ塩ビ線のリードで新しいものに替えて聴いてみますか?」


リード線を交換して試聴。

「ぜんぜん違う・・・」
 
 「針を付け換えると、シェルの接点のちょっとした汚れで片側音が出ない時とかありますよね。針でつくられる電気信号はそれくらい微弱で、ちょっとした事にも影響を受けますから、リード線の腐蝕も僅かでも何かしら音に影響するという事ですね。今のこの音がこの針本来の音という事ですが、どうしますか?ここから謎エナメルに替えますか?」
 
「いや、この音でぜんぜん文句なし(笑)」

 「このバランスだとヴィンテージ要素は要らないですよね。この針にはこういう普通の線が良いと思います」



この度の2件で、塩ビ被覆のリード線が劣化などの要因で芯線に腐蝕を生じた場合、それが軽微であっても再生音には聴感上判るレベルで影響の出る事が分かった。


2025年12月23日火曜日

針先の観察

思いきり近寄ってレコード針を写してみた。
撮影倍率はいずれも同じに揃えてある。

DENON DL-303
0.1×0.05mm角無垢ダイヤ特殊楕円針
カンチレバーはテーパー形のアルミ製
適正針圧:1~1.4g


DENON DL-207
0.14×0.07mm角無垢ダイヤ特殊楕円針
カンチレバーはボロン製
適正針圧:1.2~1.6g


SHURE M25C
0.7mil(0.0177mm)接合ダイヤ円錐針
適正針圧:1.5~3g


SHURE M77
0.7mil(0.0177mm)接合ダイヤ円錐針
適正針圧:3~7g



針先の大きさやカンチレバーの太さには随分な差があるけれど、すべてステレオ針で、針先が掻いて音を拾うのは同じレコード盤に刻まれた同じ幅・同じ深さの溝だ。



2025年12月20日土曜日

安物シェルの実力

アイワのヘッドシェルを何の気なしにいじってみたら、思いがけず良い按配の音にまとまった。
 

見たところ、このシェルは同社のプレーヤーに付いていたものか、あるいはカートリッジが組み付けられた状態で売られていたもののようだ。

オーディオ趣味向け商品のヒエラルキーの裾野に居るような製品だが、端子はニッケルめっきではなく金めっき仕上げで、天面には裏打ちもされている。安物ではあってもきちんと造られている。簡潔な佇まいも良い。

薄手のアルミプレス製ながら裏打ちされているせいで適度な重みがある。この手のシェルは大抵は肉抜き加工されていてスカスカに軽いものだけど。
手の上で転がして重さを確認しているうちに、囲い形状でこの感じなら2.5gくらいまでの針圧のカートリッジと組み合わせたら良く鳴りそうだぞと思いついて、少し手を入れてからシュアーのM75を組み付けてみた。

応計。組み合わせの妙と言うべきか、労せずして良い音が出た。
当店で扱っている国産のM75用互換針はシュアー純正針とは明らかにキャラクターの異なる締まった音がするけれど、今回の組み合わせでは純正針寄りの音になった。

2025年12月1日月曜日

腰高な音を良い感じに

 テクニクスのMMカートリッジを持ってお客さまがご来店。

「ブログ観たんですけど、これのリード線を換えて欲しいなと思って」

 「ああ、この針。以前お話をうかがってどんな音か気になっていたんです」

「ちょっと聴いてみてもらえますか?」

さっそく試聴してみる。

 「だいぶ腰高な鳴り方ですね。純正針じゃなくて互換針だから、針のキャラクターもあるんでしょうけど」

「リード線の交換でバランスの良い音になりますか?」

 「試してみないと分かりませんけど、今のこの音よりは良い感じにできると思います。こういう音の針にはおすすめの線があるんです。まさに昨日のブログに書いたエナメル線で、どこの線か分からないんですけど、音の細い針にえらい効くんですよ。試してみますか?」

お客さんのゴーサインが出て、さっそく交換。

1920年代米国製、メーカー不詳のエナメル線

 「さっそく聴いてみましょう。アンプのボリュームはさっきのままです」

交換前に試聴した曲を聴き返す。

「・・・ぜんぜん違いますね。リード線でここまで変わるんですね」

 「中高域のキャラクターはあんまり変わらないですけど、低域側がぐっと出るようになって聴きやすくなりましたね。あとはご自宅の環境でうまく鳴るかどうかですね」


帰宅後、お客さまから良い音で鳴っていますとメールが。よかった。

今回もこのエナメル線が良い働きをしてくれた。仕入れの際にはシェルリードとして使うことは全く想定していなかった線材なのだけれど。


2025年11月29日土曜日

AT10Gを組む


入荷品と一緒に入ってきたオーディオテクニカのAT10Gを仕立てた。

この針はVM型カートリッジのエントリークラスの製品として長く売られていたモデルだが、とにかく愛されない不憫な存在で、大方のオーディオ愛好家からは見向きもされない。音は悪くないので、見た目の素っ気なさが不人気の主たる要因だろうと個人的には思っている。デザインにもカラーリングにもおよそ質感と呼べるような色気はそなわっていないから、愛着や所有欲はどこにも引っ掛からずに滑り落ちて行くのだろう。

AT10Gにはデザインとは別に文句をつけたいところがある。販売時に組み合わされている純正シェルがこの針の性格と合っていない点だ。
アルミダイキャスト製の純正シェルは高品質ではあるけれど、AT10Gの振動系には重過ぎて純正の仕様で鳴らしていると盤によってはアームが大きく揺さぶられて音揺れしてしまうのだ。この針にはもう少し軽いシェルが相応しいと思う。

不人気で伸びしろもあるという事で、純正仕様にこだわらず当店風に仕立てる事にした。思い返してみるとこの針が入って来る度にこんな風にいじっている。


純正シェルを外して汎用のプレスシェルに組み換え。ダンパーがいなした力を拾わずに受け流してくれて、かつ音が細らない丁度良いものを。
リード線は最近入荷したエナメル線で製作した。この線はこのところのめっけものだ。1920年代の米国製品としか判らないメーカー不詳の線ながら非常に良質で、シェルリードに用いると、生真面目なキャラクターの針を好い按配に踏ん張りの利いた腰のある音へとしつけ直してくれる。


仮組みで試聴してから、更にもうひと手間チューニングを施して完成。
無事狙った音にまとまった。

それにしてもつくづく味も素っ気もない佇まいだ。せめて針のグリップ部の色だけでも違っていたら・・・と思うけれど、では何色だったらましに見えるのかと問われたとしても、すぐにはちょっと思いつかない。

2025年9月12日金曜日

35シリーズの針


SC35Cの針と一緒に同じ35シリーズの交換針のデッドストックが何種かまとまって入荷した。




35シリーズや44シリーズなど、シュアーではシリーズ内の針の互換性を保証しているので、これらの針は、たとえば35シリーズであれば最古参のSC35Cを後発の針と組み合わせることで軽い針圧へ変更したり、より高出力・広帯域の音にアップグレードしたりとそれぞれの特性を活かしたカスタマイズができる。


今回入荷した針は最終ロット付近のごく新しいもの。シュアーがアナログ針の生産を終えてから7年あまり経つので、念のため販売前にはSC35Cに付けて一つひとつ試聴している。今まで不良品はひとつも無いが、個体差の大きさには閉口している。

シュアーの針には個体差がある。その事は以前から知っていたし、どんなものか充分解ったつもりでいたが、今回同じ型の針をいくつも聴いたことでその認識が甘かったと痛感した。自分が思っていた以上に個体差は大きかった。

近年のメキシコ製に限った事ではないが、シュアーの針は見た目からして針の仕立てに一個一個バラつきがある。カンチレバーの付き方からダイヤチップの植わり方、製造時期が異なればカンチレバーそのものの形状や針径さえも異なっている場合がある。建前であるカタログスペックからして揺れがあるのだ。アナログ再生の世界のこと、形や大きさの違うものから同じ音が出るはずは無い。


そして、今さらながら気付いたのが、ダイヤチップの仕様だ。


説明書に“All Shure styli feature a polished, natural diamond tip”とある。シュアーは近年の工業用ダイヤモンドでは一般的でなくなった天然ダイヤを針先に採用していたのだ。


スタイラスチップが人工ダイヤでないと知って、個体差のことがストンと腑に落ちた。


これが針の製造を終えるまで貫かれたシュアーのこだわりだとしたら、針の個体差も良し悪しではなく個性であり、それも含めてシュアーの音なのだと好意的に理解すべきかも知れない。


ただ、そんな風に弁護してはみたものの、同じ型の針でもスパッとした音色の個体と角の取れた穏やかな出音の個体が入り交じっている。「こういう音です」とひと言で云えないほどキャラクターに振れ幅があるのは困ったものだ。








2025年9月1日月曜日

再改変

 良い部材が手に入ったので、売れ残りのモノラルアンプを下げてきてもう一段煮詰めてみた。

このアンプは当店でカスタマイズしたもの。カスタマイズとは言っても定数は一切変更しておらず、ボリュームポットや内部配線、ハンダといった音声信号の通り道の部材変更だけで音を作っている。

今回もやっぱり定数変更はせずに部材を再変更しただけだが、狙った通りの音になったのと同時に、少し前からうっすら思っていた事の裏が取れた結果となった。


多くの人にとっての“良い音”になる条件は、モノラルとステレオでは異なるということ。ステレオで良い音を聴かせるペアスピーカーの片側一基をモノラルで鳴らすと必ずしも良い音で鳴らない。それと似た事が、音声信号の通り道でも起きていた。

2025年8月15日金曜日

SC35Cのチューニング その後

 先般ブログに掲載したシュアーのSC35Cについて、その後何件かのお問い合せを戴いた。


いずれも販売をとのご用命だったが、最初の1件のみ受け付けて、あとは一旦お断りしていた。
理由は交換針の在庫切れ。

以前から折りに触れ度々書いてきたが、MM型やMI系といったカートリッジは音に関わる大半を交換針の良否が握っている。さらに切り分けて言えば、それは針先・カンチレバー・ダンパーの良し悪しという事になる。
以上はあくまでも当店の見方に過ぎないが、この観点からすると、どうしても中古針は新品の交換針よりも劣るという事になる。これまでカートリッジのチューニングなどであれこれと針をいじってきた中で得た実感として、結局のところ音の取水口である針そのものが良くなければ元も子もないのだ、というものがある。

飛び抜けて当たりの針というのは確かにあるし、少々使って馴染んだ針の音のよさというものもある。ただ、それらは常にそうあるという性格のものではない。当たりの針だっていずれ磨耗する訳だし、馴染んだ音の“良い按配”も使っているうちに通過する地点だ。
いま良い音が出ていても、それが普通の針のアタリがついた頃のものなのか、当たりの針のダメになりかけた時分の音なのか。中古針はその現在地が判りづらい。

お客さんが安心して使えるものが、売り手がハラハラしながら売る物にあるはずがないので、不本意ながら2件目以降はお断りした。その当座は在庫の新品交換針が1本しか無かったからだ。


ところが、盆休み前になって思いがけず交換針が手に入った。



2011年以降のロットの針がまとまって出てきた。
個人的に、M44Gでは箱の横腹にごちゃごちゃ書かれたこのステッカーの貼られた頃の針には音の良いものが多いという印象を持っている。なにぶん個体差のあるシュアーの針なので、“ハズレが少ない”と言う方が正しいのかも知れないけれど。SC35Cではどうだろうか?

終売から7年あまり経ってプレミア化が進む中で、最近はシュアーの新品交換針の入荷は運頼みとなっていたから、今回のあまりにもタイムリーな入荷は嬉しい一方で、ちゃんと商品が届くか最後まで疑念を持っていたほどだった。


ともかく、これで安心してSC35Cを送り出せる。


2025年7月31日木曜日

SC35Cのチューニング

 売り物にならないシュアーSC35Cを分解して造りを観察してみた。

面白いことに本体格納部と外殻の接着箇所は前後に分かれており、組み合わせた状態では両者の間に空洞ができる。これが音づくりとしての意図的な設計か否かは判らないが、この構造だと天面をベタ一面で接着しているM44系と比べて針鳴きが大きく出そうだ。

本来、針鳴きは排除すべき不要振動にあたるが、当店では活かすべき響きと捉えているので、この構造を利用してSC35Cをチューニングしてみることにした。


今回は試行の1回目でこれはという音が出た。
響きの階調が増して、音場の背後に埋もれていた細やかな響きがほぐれて聴こえる。音場表現自体も広くなった印象で、全体的によりいっそう伸びやかな鳴り方へと変わった。

佇まいや製品の仕様から粗い音の安物針というイメージを持たれている感さえあるSC35Cだけれど、実際にはバランスのとれた素直な音と高い耐久性を兼ね備えたモデルであり、古典的なカートリッジの特質を色濃く残した稀有な存在でもある。そうしたSC35Cならではの良さをより良い形で引き出せたと思う。


SC35Cの難点を挙げるとすれば、本体と交換針の相性の良し悪しが大きい事だろうか。交換針がブカブカで固定できないというケースが多い。
これについては構造さえ分かっていれば、あとは工具と手先の使い様でいくらでも調整が利くので、好事家からは一顧だにされない一方で、ある意味、針の方でも使い手を選ぶという事が言えるかも知れない。この辺りがいかにも業務用途向けのモデルらしい。

2025年7月23日水曜日

シュアー社の針と社外製互換針の仕様

昨年のこと。
それまで仕入れていたシュアーM44用の互換針が終売になった。新しいモデルに代替わりすると聞いて、昨今の物の値上がりという事もあるし、値上げの方便だろうとたかを括っていた。
値上げになって嬉しいということはないけれど、あの品質・内容の針が今後も手に入るのであれば構わないと。

しかし、切り替わった新しいモデルを見ると仕様変更でテンションワイヤが省かれていた。

シュアーの純正交換針は、ダンパーゴムとテンションワイヤで振動系を支持しているが、それがダンパーゴムだけで支持される構造へ代わったという事だ。

それがどういう事なのかを分かりやすく事細かに書き連ねるほどの見識を自分は持ち合わせていないので書きようもないが、記録も兼ね、参考としてシュアーのようなテンションワイヤを採用した針の構造について載せておく事にする。







2025年7月22日火曜日

社外製交換針のこと

 気になる針を見つけたので仕入れた。

シュアー・M77

1961年に発売されたモデルで、同社のステレオカートリッジの第2世代に当たる。先代の第1世代には1958年発売のM3DやM7Dが、後継の第3世代には1963年生まれのM44シリーズがある。

第1世代や第3世代と比べて影の薄い第2世代だが、その後のシュアーのカートリッジの基本構造が出揃った世代でもある。ボディは箱形の上っ張りに振動系格納部をおさめる構造となり、交換針はグリップと一体成形されるようになった。シュアーの針の特徴であるテンションワイヤはこの世代からダンパー後方に向かって張る構造へと変更されている。

第2世代では、M33とM77の2機種のステレオカートリッジが発売された。
カタログ上では、M33は“PROFESSIONAL”、M77は“CUSTOM”と銘打たれていたが、実際にはコンシューマ向けとして売れたのはM33の方であり、業務用途に多用されたのはM77だった。

カタログモデルであった期間の短さに加えて多くが業務用として物理的に消費された事もあって、M77の良品は少なく、まともな状態の純正交換針に至っては今となっては望むべくもない。
しかし、今回見つけた個体には社外製ながら良質な互換針が付属していた。しかもデッドストックの。それで一も二もなく仕入れた。

届いてすぐに交換針を確認。
間違いない、この針だ。


このメーカーのM77用交換針は今日まで1つの型番で販売されてきているが、針には旧タイプと、OEM元が代わって以降の新タイプの2種類が存在する。この針は旧タイプだ。

旧タイプの互換針が外観から内部に至るまで昔日のシュアー製純正針の仕様を忠実に模した造りになっているのに対して、新タイプでは各部の造りが純正針とは異なる仕様へと変わっている。

MM針の音の良し悪しは交換針の質が多くを握っている。カートリッジ本体は交換針の方だと言いたくなるほどだ。新タイプの互換針はレコード針としての品質は水準以上であるものの、シュアーの互換針として見た場合には残念ながら良品とは言い難い。新タイプの製造者の針は純正針とはかけ離れた音がするからだ。これについては他のモデルではあるけれど、当店で比較試聴できる。つまり、当店は過去にこの製造者のシュアー用互換針で痛い目に遭っているのだった。



往時のシュアーの音を聴けると見込んだM77が手元に届いたので、さっそくシェルに組み付けて試聴してみた。ところが、これがまともに鳴らない。


中高域がきついというか、歪んでいる。「サ行がきつい」と言われる類の音の出方だ。音場表現にも筒を通して聴いているような狭苦しさを感じる。M77については以前から“荒っぽく強烈な音”といった評を聞いていたが、今鳴っているのがその音だとしたら、これは強烈というよりは耳障りな音だ。

ちゃんと鳴らせていないのでは?
オーバーハングとアーム高を再確認してゼロバランスを取り直し、メーカーの製品規格表を見直して、指定の適正針圧1.5〜3グラムに従って2グラムを掛け直す・・・が、

「・・・待てよ、おかしいぞ。この針の針圧が1.5〜3グラムって事はないだろう」

針先に触れてみる。ガリッという硬い感触。M44の倍ほどもある太いカンチレバーの根元に巻かれた薄いダンパーゴムが見える。差し込み部後端に留められているテンションワイヤも、見慣れた髪の毛ほどのものとは違ってちょっとした針金といった態だ。
こんなにガチガチの振動系が3グラム弱の針圧でまともに鳴る筈がない。M77純正針の適正針圧は3〜6グラム。本来は5グラム前後の針圧で使うべきカートリッジだ。

もう一度、規格表を見る。適正針圧の項目にはたしかに“1.5-3g”とある。だが、その横には、“M33、M77、M99”などと併記されていた。つまり、この針は針圧が異なる複数のモデルの共用針だったのだ。

ここで新たな疑問が湧いてくる。
通常、針圧が異なるモデルをまたぐ共用針の場合には、各モデルの針圧を考慮した、純正針とは異なる独自の針圧が設定されるものでは?
しかしながら、規格表を見る限りこの互換針には最も針圧の軽いM33と同じ規格が採用されている。一方で当の針はというと、到底そのような針圧で鳴るとは思えない造りだ。

この旧タイプの針は、すでに製造終了になった物だ。
「それにしたって、ダンパーが硬化するほど古くはないだろうし・・・」


少し考えて、M77本来の針圧で鳴らしてみることにした。

適正針圧1.5〜3グラムの社外製互換針に、M77の適正針圧に従って5グラムを掛ける。同じシュアーのSC35CやオルトフォンのSPUよりもGEのバリレラよりも重い針圧だ。
盤面に針を置く。スピーカーからパシッと音がして、カンチレバーは5グラムの針圧にも沈み込む事なく平然とトレースし始めた。

これまでとは打って変わって、生々しく実在感のある音が出た。音場は開け、歪みっぽさもない。この音が“荒っぽく強烈な音” なのかは分からないが、素晴らしい音ではあると思う。
音と自分の間にある、これはあくまでも再生音ですよといった感じの“隔たり”のようなものが無い。現代とは在り方の異なる、昨今そうざらには出会えない昔日の高忠実度再生の音だ。


この旧タイプの互換針は、重針圧の規格に合わせて造られているのではないだろうか。

2025年5月26日月曜日

シュルツKSP-130Kの修理

 久しぶりにシュルツKSP-130Kの修理。


この個体は中高域に音割れが出ていたので、フレームからコーンアッセンブリーを外してボビンやギャップなど要所を清掃・調整して組み直した。

特徴的なスポンジエッジを採用したシュルツのKSP系ドライバーは、130も215もきわめて優秀なユニットだが、個体差が大きく、製造時期や生産単位ごとの造りの差に各部の経年変化や保管状況、使用環境といった要因も加わって昨今では不具合を生じる個体も出てきている。

ダンパーの芯出しをしたらエッジを張り、テスト信号を出音させながら微調整

この個体は前期のリアマウント仕様なので、エッジの外周にガスケットを貼る
分解時に剥がして痩せた厚みの分だけガスケットの下地紙を足す


最後にガスケットのフェルトを貼り戻して完成




次の個体は前枠裏面にガスケットの張られたフロントマウント用の後期型

不具合は、音割れに加えて音が出たり出なかったりというもの。確認してみると、ボイスコイル引き出し線が切れて錦糸線の断面が端子に触れた状態だった。同様の不具合は過去にも見ている。

製造時期に関わらず、シュルツのドライバーには引き出し線である錦糸線をほとんどたわませずに端子へハンダ付けしている個体が見受けられる。線がピンと張った状態に近いほど、再生時のコーン紙の振動による疲労は、硬く柔軟性の無いハンダ付け部付近に蓄積する。シュルツは柔軟なダンパーと柔らかいスポンジエッジによって高い自由度でコーンを振幅させる構造なので、錦糸線が切れるのも道理と言える。
切れた時点で錦糸線には長さの余裕が全く無いので、端子側から線を伸ばして端子寄りの中間点で接ぐ。錦糸線はたわませ加減にする。


無事に導通がとれた。あとは実際に音出ししながら良否を確認していく。


こうした修理や調整はユニットの音質の根本に関わる部分へ手を入れるものなので、今の自分に出来るのはモノラル一本ごとの修理だけ。ステレオペアとなるともう手が出せない。左右のドライバーの音を揃えるノウハウを持っていないためだ。


抜きん出た実力を活かすために使いこなしの求められるシュルツは、時として音楽を置き去りにした“オーディオ道”みたいな方向へ持ち主を引っ張っていく側面もあわせもっているので、そういう意味では少しばかり面倒な存在とも言えるし、また、修理する側から見れば、かなりの厄介者と言える。


2025年2月9日日曜日

店外環境でのM44-7SV試聴

 お客さま宅のシステムにて、突板カートリッジ・M44-7SVとノーマルのM44-7を比較試聴した。

プレーヤーはヤマハGT-750、アンプはパワーがTEACのAX-501でプリがQUAD 44、スピーカーはHARBETHのモニター20。

構成としては少し変則的だが、音質的に比較試聴しやすそうなものをお客さまの休眠機材の中から選んで即席でシステムを組み、試聴での音の基準とした。

ノーマルのM44-7と比べると、M44-7SVの方は音の立体感が増す。音場の中の音像やその位置関係が明確化し、実在感をともなって現れるようになる。また、音源中の暗騒音が低くなったように感じ、音の背景が澄む。

店で聴く以上に両者の音の違いが明確に出たので驚いたが、これは、今回試聴した環境が店よりもかなり広く天井高もあり、スピーカー後方に雪平鍋のような浅い凹凸のある壁板が張られたオーディオルームだったためだと思う。電源もクリーン電源だった。

M44-7SVは、音決めの段階では徹底的にリアリティを追求するというような事はせず、毎日聴く事を踏まえてごくわずかに角を丸めた音へとまとめたつもりだったが、今回の環境ではそれでもかなりリアルな音と感じたし、お客さまの感想も同様だった。

音の良し悪しは万別で聴き手の嗜好によって決まるものなので、この音を好まない方や相性の悪いシステムというのも当然ながらあると思う。聴き手の側へ実寸よりも大きな音像が迫り出すような出音や、「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれるようなひとかたまりになった音を好む向き*。また、特定の帯域が強調されたり限定された楽曲やジャンルに向けて構築されたような性格のシステムとは、このカートリッジは合わないかも知れない。ただそれも実際に組み合わせて鳴らしてみなければ分からないところだけれど。

*加えて、音像の周囲にエコー成分の太い輪郭線を伴うような、明確“でない”音像を好む向き。



2025年2月7日金曜日

出張

ご愛顧いただいているお客さまから電話。


「ベルトドライブ機の音を聴いてみたくて試しに買ってみたのが届いたんですが、使えるようにセットアップしてもらえませんか?」

  「何を買われたんですか?」

「リンのアクシスとトーレンスのTD150MkⅡです」


日程をうかがい、宿をとって出張。

お客さまのお宅へ伺うと、オーディオルームにイギリスから届いたという粗悪な段ボール箱が2つ並んで置かれていた。さっそく開けに掛かる。

  

  「ああ、裂けてしまった。海外の段ボールって、大体みんなこんなですよね。ヤワだし臭うし虫は湧くし、少しは日本の段ボールを見習って欲しいですね。でもこの人、梱包は丁寧ですよ」

「それは一度開けたのを私が包み直したんです」


そんな話をしながら箱を開けて緩衝材を取り除け、養生を外して床に置く。

どちらもグッと引き締まったシンプルなデザイン。無駄のない美しさに思わず見入ってしまう。

手入れに取り掛かる。

アクシスはプラッター軸の油を足してカートリッジを取り付け、オーバーハングを合わせたら準備完了。ベルトの経年劣化以外には特に不具合は見当たらなかった。もっとも、そのベルトが要なのだけれど。これについては他のベルトドライブ機にも言える事だが、本当に信用できる互換品を探し当てて換えるほかない。

次いでTD150。リンの代名詞であるLP12のモデルになったと言われる製品。重厚で精密なプラッターに軽快なアームの対比が美しいデザインをいっそう魅力的に見せる。

プラッターやウエイトを外してカバーを被せたら、キャビネットごとひっくり返して電源トランスの結線を変更し、コンセントプラグを交換。内部の造りも素晴らしい。力の入れどころと手の抜き方の取捨選択が見事にバランスした品質からは、成熟したもの作りといった印象を受ける。

プラッターの軸に注油してカートリッジを交換。ベルトについてはアクシス同様。プラッターの品質と精度はアクシスよりも高い。ただ、重量が相当なものなのでベルトの寿命は短そうだ。

ヘッドシェルに付いていたカートリッジを交換して針圧を調整しようとしたら、ウエイトの動きが渋い。アームにフリクションを掛ける樹脂パーツが経年で変形しているらしい。近在のホームセンターから紙やすりを買ってきて削る。

ウエイトが滑らかに動いて固定ネジを締めたらピタリと留まるように按配して、さてあらためてと思ったら、今度はアームの動きがおかしい。ローリング方向のガタがある。調べてみると、水平軸の片側が折れて無くなっていた。

初日の修理はここで終了。稼働中の他のプレーヤーの調整や修理をして、あとはまた明日となった。


2日目。
TD150のアームの水平軸は、回転軸の両側に掘られた凹みを左右から芯鉄で突く事で保持される単純な構造。芯鉄は芋ネジの先端に孔を穿って太い針を圧入したもので、これを締め過ぎず緩過ぎずのちょうど良いところを探して固定する。この個体では芯鉄の片側の先端が折れて無くなっていたが、ウエイトの動きが悪かった事が原因かもしれない。ゼロバランス調整時などに渋くなったウエイトを動かす事で細い芯鉄に力が集中して折れたのではないだろうか。

芯鉄は単体部品ではなく、折損しているのは圧入されていた先端だから、その部分を新たに作れば直せるはずだと踏んで、縫い針セットとダイヤやすり、それに包丁研ぎを買ってきた。

いちばん太い毛糸用の針の先端を工具で折り取ったら、あとはひたすら削って磨いてを繰り返して芯鉄を作る。太さ1ミリ・長さ2ミリほどなので、作業中に工具が滑って何度か床に落として探し回ったが、無事に出来あがって組み付けも問題なく、ガタも取れてアームは滑らかに動くようになった。

この時代の製品の懐の深さは、一般的な手まわり工具とユーザーレベルの工作技術でかなりの部分が修理・調整できるというところにあると思う。多くの人に分かりやすい仕立てで造りつつ、高い性能と長い寿命を製品に持たせているというのは、現代のハイエンド機とは全く異なるベクトルの凄さだ。


最終日は組み上がりを機材につないで音出し。試聴しながらカートリッジの選定と各部の手直し。

じっと聴いていたお客さま。ウンとひとつうなづくと「・・・よし!OKです」


片方は思わぬ不具合を抱えていたものの、2台のベルトドライブ機は揃って新しい主のもとで現役復帰した。


2025年1月16日木曜日

バリレラカートリッジの組み付け

お客さまから、バリレラカートリッジをユニバーサル型のヘッドシェルに組み付けて欲しいとのご用命。自分はバリレラの経験値はゼロで、組んでもうまく音をまとめられるか分からないからと一度は断ったものの、それでも良いからという事でお預りした。

バリレラ。聴いた事はあるものの仕立てた事は無いので、仕組みを見て自分が針になったつもりで組んでみる事にする。ノウハウについて今からあれこれ調べてみたところで、自分の経験として身になっていない情報を小手先でつぎはぎしても良い結果は獲られないだろうし。

針の周辺を観察してみる。
ねじり棒バネのような真鍮製のカンチレバーにスタイラスチップが植わっている。LP用の針は1ミルにしてはチップが小さく鋭く見えるから0.7ミルだろう。カンチレバーの上部にはダンパーゴムを介してこれも真鍮製の板があり、同じ形の鉄色の平板が重なるように接している。この部分は磁石ではないので、磁石はコイルとともにボディ内にある事になる。
再生時の位置に針を格納させた状態では、カンチレバーと平板の両脇に垂直尾翼のようなものが立っているが、これがヨークだろうか。とすると、ここを磁束が横切っていて、鉄色の平板へ伝わった針先の振動が磁束を変化させ発電する仕組みらしい。とてもシンプル。MI型のご先祖といったところか。

これは後日扱った別の個体。青いダンパーゴムは仮付けのもの

























組み付けに掛かる。
自分がこの構造の針ならどう鳴らして欲しいだろうかと考えながらシェルを選んで加工する。

ヘッドシェルは古いグレース製を使用


 






























カートリッジの天面はベーク板で、ボディシェルの爪を折り込んで四隅で留めてある。爪の部分が飛び出していて、そのまま組み付けるとヘッドシェルとは点接触になるため、天面の形状に合わせて接触部を整える。適切に固定する事はもちろんだが、過度に制振しつつ、かつ響きを殺さないようにする。こういう場合は鉛のシートやゴム、樹脂製のスペーサを咬ませるのだと思うが、自分が針なら・・・という事で木を使った。

































リード線には時代や国を合わせたものを選んだ。線径はふだん使っているものよりもやや太め。接点同士が近いので、以前見たリアエンジン車の排気管を真似て引き回した。


































完成

























試聴。
最初の音出しから素晴らしい音が聴けた。バリレラを聴くたびに抱いた「ああ、バリレラの音だ」というやや苦手意識の交じった感想は出て来ない。

これまでに自分が聴いたバリレラの音は、どれも中高域の強く張った音だった。生き生きとしている一方で眉間を棒で突かれるような苛烈さもあり、正直なところ一日中聴いていたいと思う音ではなかった。

今回の個体は明澄で力感がありながら聴き疲れせずに聴ける音で、実際に試聴で音出しを始めてからそのまま一日中聴いて、翌日も終日聴いていた。
特筆すべきは音の実在感で、音像にはいかにも再生音といった感じの輪郭線のような曖昧な領域が無い。鳴らしているのは無論モノラル盤なのだけれど、音場の自然な奥行き・広がりは、モノラルをうまく鳴らせたときにステレオかモノラルかの境界が薄れて生の音を聴いているように感じられる特有の在り様。


どうやら今回の針は当たりの個体(少くとも自分にとっては)だったらしい。おかげで現代とは異なるモノラル時代の高忠実度再生を体感できたし、ビギナーズラックも獲られた。ただ、裏を返せば今までモノラルではこの水準の音を出せていなかったという事でもあるので、心持ちとしてはやや複雑だ。

バリレラは音の良し悪しの個体差が大きいという話は聞いていたが、今回、構造を見て納得が行った。経年による劣化や変質を逃れ得ないダンパーゴムが音の要になっている。
今後、今回のような音の個体とふたたび出会えるだろうか?