馴染みのお客さまから、バリレラカートリッジをユニバーサル型のヘッドシェルに組み付けて欲しいとのご用命。自分はバリレラの経験値は皆無で、組んでもうまく音をまとめられるか分からないので・・・と断ったものの、それでも良いからという事でお預りした。
バリレラ。聴いた事はあるものの仕立てた事は無いので、仕組みを見て、自分が針になったつもりで組んでみる事にする。ノウハウについてあれこれ調べてみたところで、自分の経験として身になっていない情報を小手先でつぎはぎしても良い結果は獲られないだろうし。
針の周辺を観察してみる。
ねじり棒バネのような真鍮製のカンチレバーにスタイラスチップが植わっている。LP用の針は1ミルにしてはチップが小さく鋭く見えるから0.7ミルだろう。カンチレバーの上部にはダンパーゴムを介してこれも真鍮製の板があり、同じ形の鉄色の平板が重なるように接している。この部分は磁石ではないので、磁石はコイルとともにボディ内にある事になる。
針を再生時の位置に格納させた状態では、カンチレバーと平板の両脇に垂直尾翼のようなものが立っているが、これがヨークだろうか。とすると、ここを磁束が横切っていて、鉄色の平板へ伝わった針先の振動が磁束を変化させ発電する仕組みらしい。とてもシンプル。MI型のご先祖といったところか。
これは後日扱った別の個体。青いダンパーゴムは仮付けのもの
組み付けに掛かる。
自分がこの構造の針ならどう鳴らして欲しいか考えながらシェルを選んで加工する。
ヘッドシェルは古いグレース製を使用
カートリッジの天面はベーク板で、ボディシェルの爪を折り込んで四隅で留めてある。爪の部分が飛び出していて、そのまま組み付けるとヘッドシェルとは点接触になるため、天面の形状に合わせて接触部を整える。適切に固定する事はもちろんだが、過度に制振して響きを殺さないようにする。こういう場合は鉛のシートやゴム、樹脂製のスペーサを咬ませるのだと思うが、自分が針なら・・・という事で木を使った。
リード線には時代や国を合わせたものを選んだ。線径はふだん使っているものよりもやや太め。接点同士が近いので、以前見たリアエンジン車の排気管を真似て引き回した。
完成
試聴。
最初の音出しから素晴らしい音が聴けた。バリレラを聴くたびに抱いた「ああ、バリレラの音だ」というやや苦手意識の交じった感想は出て来ない。
これまでに自分が聴いたバリレラの音は、どれも中高域の強く張った音だった。生き生きとしている一方で眉間を棒で突っつかれるような苛烈さもあり、正直なところ日がな一日聴いていたいと思う音ではなかった。
今回の個体は明澄で力感がありながら一日中聴ける音で、実際に試聴で音出しを始めてからそのまま一日中聴いて、翌日も終日聴いていた。
特筆すべきは音の実在感で、音像にはいかにも再生音といった感じの輪郭線のような曖昧な領域が無い。鳴らしているのは無論モノラル盤なのだけれど、音場の自然な奥行き・広がりは、モノラルをうまく鳴らせたときにステレオかモノラルかの境界が薄れて生の音を聴いているように感じられる特有の在り様。
どうやら今回の針は当たりの個体(少くとも自分にとっては)だったらしい。おかげで現代とは異なるモノラル時代の高忠実度再生を体感できたし、ビギナーズラックも獲られた。ただ、裏を返せば今までモノラルではこの水準の音を出せていなかったという事でもあるので、心持ちとしてはやや複雑だ。
バリレラは音の良し悪しの個体差が大きいという話は聞いていたが、今回、構造を見て納得が行った。経年による劣化や変質を逃れ得ないダンパーゴムが音の要になっている。
今後、今回のような音の個体とふたたび出会えるだろうか?