2025年2月7日金曜日

出張

ご愛顧いただいているお客さまから電話。


「ベルトドライブ機の音を聴いてみたくて試しに買ってみたのが届いたんですが、使えるようにセットアップしてもらえませんか?」

  「何を買われたんですか?」

「リンのアクシスとトーレンスのTD150MkⅡです」


日程をうかがい、宿をとって出張。

お客さまのお宅へ伺うと、オーディオルームにイギリスから届いたという粗悪な段ボール箱が2つ並んで置かれていた。さっそく開けに掛かる。

  

  「ああ、裂けてしまった。海外の段ボールって、大体みんなこんなですよね。ヤワだし臭うし虫は湧くし、少しは日本の段ボールを見習って欲しいですね。でもこの人、梱包は丁寧ですよ」

「それは一度開けたのを私が包み直したんです」


そんな話をしながら箱を開けて緩衝材を取り除け、養生を外して床に置く。

どちらもグッと引き締まったシンプルなデザイン。思わず見入ってしまう。

手入れに取り掛かる。

アクシスはプラッター軸の油を足してカートリッジを取り付け、オーバーハングを合わせたら準備完了。ベルトの経年劣化以外には特に不具合は見当たらなかった。もっとも、そのベルトが要なのだけれど。これについては他のベルトドライブ機にも言える事だが、本当に信用できる互換品を探し当てて換えるほかない。

次いでTD150。リンの代名詞であるLP12のモデルになったと言われる製品。重厚で精密なプラッターに軽快なアームの対比が美しいデザインをいっそう魅力的に見せる。

プラッターやウエイトを外してカバーを被せたら、キャビネットごとひっくり返して電源トランスの結線を変更し、コンセントプラグを交換。内部の造りも素晴らしい。力の入れどころと手の抜き方の取捨選択が見事にバランスした品質からは、成熟したもの作りといった印象を受ける。

プラッターの軸に注油してカートリッジを交換。ベルトについてはアクシス同様。プラッターの品質と精度はアクシスよりも高い。ただ、重量が相当なものなのでベルトの寿命は短そうだ。

ヘッドシェルに付いていたカートリッジを交換して針圧を調整しようとしたら、ウエイトの動きが渋い。アームにフリクションを掛ける樹脂パーツが経年で変形しているらしい。近在のホームセンターから紙やすりを買ってきて削る。

ウエイトが滑らかに動いて固定ネジを締めたらピタリと留まるように按配して、さてあらためてと思ったら、今度はアームの動きがおかしい。ローリング方向のガタがある。調べてみると、水平軸が片方折れて無くなっていた。

初日の修理はここで終了。稼働中の他のプレーヤーの調整や修理をして、あとはまた明日となった。


2日目。
TD150のアームの水平軸は、回転軸の両側に掘られた凹みを左右から芯鉄で突く事で保持される単純な構造。芯鉄は芋ネジの先端に孔を穿って太い針を圧入したもので、これを締め過ぎず緩過ぎずのちょうど良いところを探して固定する。この個体では芯鉄の片側の先端が折れて無くなっていたが、ウエイトの動きが悪かった事が原因かもしれない。ゼロバランス調整時などに渋くなったウエイトを動かす事で細い芯鉄に力が集中して折れたのではないだろうか?

芯鉄は単体部品ではなく、折損しているのは圧入されていた先端だから、その部分を新たに作れば直せるはずだと踏んで、縫い針セットとダイヤやすり、それに包丁研ぎを買ってきた。

いちばん太い毛糸用の針の先端を工具で折り取ったら、あとはひたすら削って磨いてを繰り返して芯鉄を作る。太さ1ミリ・長さ2ミリほどなので、作業中に工具が滑って何度か床に落として探し回ったが、無事に出来あがって組み付けも問題なく、ガタも取れてアームは滑らかに動くようになった。

この時代の製品の懐の深さは、一般的な手まわり工具とユーザーレベルの工作技術でかなりの部分が修理・調整できるというところにあると思う。多くの人に分かりやすい仕立てで造りつつ、高い性能と長い寿命を製品に持たせているというのは、現代のハイエンド機とは全く異なるベクトルのすごさを感じるところだ。


最終日は組み上がりを機材につないで音出し。試聴しながらカートリッジの選定と各部の手直し。

じっと聴いていたお客さま。ウンとひとつうなづくと「・・・よし!OKです」


片方は思わぬ不具合を抱えていたものの、2台のベルトドライブ機は揃って新しい主のもとで現役復帰した。