2025年2月24日月曜日

カスタムカートリッジ M44-7SV/M44G-SV

 SHUREのM44G、M44-7を当店でカスタマイズしました。

このカスタマイズは、レコード針が盤面をトレースする際に針の周囲に発生する音や振動を、排除すべきものではなく活かすものと捉えて再生音に取り入れることをコンセプトとしたものです。カートリッジのボディを突板(Sliced Veneer)で仕上げたところから、それぞれM44-7SV、M44G-SVと名付けました。


ある音色で響いている物体に何か別の物体をつけ足せば、音色は変化します。レコード再生時にフォノカートリッジの各所に発生し再生音に影響を与える「針鳴き」や「シェル鳴り」と呼ばれる不要振動(=金属やプラスチックの共振)を、カートリッジ本体部に突板を張ることにより木の響きで整え、再生音として活かすというのが本品の仕組みです。
一方で、響きの量(=鳴きの大きさ)については、何かを付け加えたらその分だけ減衰していきます。木を付け足すことで響きの質が向上する反面、響き自体は削げ落ちて行く。このトレードオフの関係の中で、いかに響きを目減りさせる事なく良い形へ変換できるかが本品を作る上で最大の課題でした。


製作にあたっては、使用する突板を徹底的に薄くすることに努めました。小さなカートリッジの微弱な振動に対して突板そのものが制振材として作用してしまうジレンマから逃れるためです。
薄く抄きなおした突板は、これもまた制振材になり得る接着剤やテープを用いることなくカートリッジに張って行きます。突板を張り込むなかでは外観部の凹凸を利用して中空部を作り、響きの量も確保します。この作業はもっとも困難な工程です。

塗装には弦楽器と同じシェラックニスを使用。数種類のフレークを試し、もっとも好ましいラックを選んで使っています。
ニスは、カートリッジのサイズに対して通常の濃さで用いると塗膜が厚くなり過ぎて細く硬い音になるため、薄く希釈したうえで筆は用いず、拭き上げと乾燥を繰り返すことで塗り重ねています。これによりしなやかな響きを得られ、見た目も美しく仕上がります。また、ニスが硬化することで紙のように薄い突板には実用に耐え得る強度が出ます。

以上で完成です。


仕上げたカートリッジは、より響きが活きるような形でヘッドシェルへ組み付けます。比較試聴の結果、シェルはアルミの削り出しタイプを採用。リード線には当店オリジナルのもの、針にはいずれも中電のM44シリーズ共用交換針の新品を組み合わせ、トータルで音をまとめています。


M44-7SV

M44G-SV

M44G-SV、M44-7SVは、いずれも店頭でご試聴いただけます。
同じヘッドシェルに組み付けたノーマル品との比較試聴も可能です。響きの質感や音像の実在感、空間再現性の違いを体感していただければと思います


ベースとなるカートリッジや部材の確保状況から、いずれも数量限定・不定期製作での販売となります。

・M44-7SV、M44G-SV・・・・・各40,000円(税込み)
いずれもヘッドシェル・リード線組み付け済み


*注意事項*

本品の外観部には非常に薄い木材を使用しております。取り扱い時は充分ご注意ください。

本品は外観の塗装にシェラックニスを使用しているため、アルコールやアルコールを含む溶剤、クリーナー、ウェットティッシュ、飲料などが付着しないようご注意ください。これらのものが付着した場合には、塗装が軟化・溶解します。


2025年2月22日土曜日

Vintage Join 5インチスピーカー・ペア

ヴィンテージ・ジョインの近作が入荷しました。


同店のスピーカーとしては珍しく今日のドライバーを採用したモデルです。

口径5インチ(≒13センチ)。センターキャップではなくフェイズプラグを採用したドライバーは現代的な佇まいながら、磁気ギャップが前方へ抜けている構造のためかラバーエッジを採用したドライバーにありがちな癖も無く素直な出音。実在感のある明澄さをそなえていながらも、量感のある聴き疲れしない音が特長です。

昔日のユニットを採用した製品群と地続きの音はヴィンテージ・ジョインの文法に則った在り様で、古今を問わず素性の良いドライバーをその実力に沿って無理なく鳴らす事がスピーカーにとっての肝要であると気付かされます。

サイズ:W190・H230・D160mm (端子部を除く)


・Vintage Join 5インチスピーカー・ペア・・・・・55,000円(税込み)

2025年2月21日金曜日

ダイトーボイス 業務用モノラルアンプ 当店カスタム品

  業務用のモノラルパワーアンプを当店でカスタマイズしました。



本品は、ダイトーボイスが店舗内BGM用に販売していた小型のモノラルパワーアンプです。耐久性の求められる業務用機らしく良質な部材を使用してシンプルな構成で造られており、素直な出音が特長です。
アンプICは20W・AB級のLM1875T、コンデンサ類はKMGシリーズなどニチコン製で統一

今回は、本機の特長を活かしつつ、要所のパーツを換装することで更なる音の充実を図りました(定数や回路は変更していません)。

ボリュームポット換装に伴い外観のコントロールノブもインチ規格品へ変更。デッドストックのヴィンテージ品を組み合わせ、特定の方に響くような佇まいに仕立てました。

仕様
出力:16W、入力:RCA1系統、スピーカー出力:1系統
仕様上、電源スイッチ操作時にポップノイズが出ます。

サイズ:W207・H65・D110mm(突起部を除く)

中古品のため、外観には使用に伴う傷があります。また、本品は完動品ですが、商品の性格上、現状販売といたします。アフターフォローは有償にて承ります。

・ダイトーボイス業務用モノラルアンプ・当店カスタム品・・・・・15,000円(税込み)



2025年2月9日日曜日

店外環境でのM44-7SV試聴

 お客さま宅のシステムにて、突板カートリッジ・M44-7SVとノーマルのM44-7を比較試聴した。

プレーヤーはヤマハGT-750、アンプはパワーがTEACのAX-501でプリがQUAD 44、スピーカーはHARBETHのモニター20。

構成としては少し変則的だが、音質的に比較試聴しやすそうなものをお客さまの休眠機材の中から選んで即席でシステムを組み、試聴での音の基準とした。

ノーマルのM44-7と比べると、M44-7SVの方は音の立体感が増す。音場の中の音像やその位置関係が明確化し、実在感をともなって現れるようになる。また、音源中の暗騒音が低くなったように感じ、音の背景が澄む。

店で聴く以上に両者の音の違いが明確に出たので驚いたが、これは、今回試聴した環境が店よりもかなり広く天井高もあり、スピーカー後方に雪平鍋のような浅い凹凸のある壁板が張られたオーディオルームだったためだと思う。電源もクリーン電源だった。

M44-7SVは、音決めの段階では徹底的にリアリティを追求するというような事はせず、毎日聴く事を踏まえてごくわずかに角を丸めた音へとまとめたつもりだったが、今回の環境ではそれでもかなりリアルな音と感じたし、お客さまの感想も同様だった。

音の良し悪しは万別で聴き手の嗜好によって決まるものなので、この音を好まない方や相性の悪いシステムというのも当然ながらあると思う。聴き手の側へ実寸よりも大きな音像が迫り出すような出音や、「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれるようなひとかたまりになった音を好む向き*。また、特定の帯域が強調されたり限定された楽曲やジャンルに向けて構築されたような性格のシステムとは、このカートリッジは合わないかも知れない。ただそれも実際に組み合わせて鳴らしてみなければ分からないところだけれど。

*加えて、音像の周囲にエコー成分の太い輪郭線を伴うような、明確“でない”音像を好む向き。



2025年2月7日金曜日

出張

ご愛顧いただいているお客さまから電話。


「ベルトドライブ機の音を聴いてみたくて試しに買ってみたのが届いたんですが、使えるようにセットアップしてもらえませんか?」

  「何を買われたんですか?」

「リンのアクシスとトーレンスのTD150MkⅡです」


日程をうかがい、宿をとって出張。

お客さまのお宅へ伺うと、オーディオルームにイギリスから届いたという粗悪な段ボール箱が2つ並んで置かれていた。さっそく開けに掛かる。

  

  「ああ、裂けてしまった。海外の段ボールって、大体みんなこんなですよね。ヤワだし臭うし虫は湧くし、少しは日本の段ボールを見習って欲しいですね。でもこの人、梱包は丁寧ですよ」

「それは一度開けたのを私が包み直したんです」


そんな話をしながら箱を開けて緩衝材を取り除け、養生を外して床に置く。

どちらもグッと引き締まったシンプルなデザイン。思わず見入ってしまう。

手入れに取り掛かる。

アクシスはプラッター軸の油を足してカートリッジを取り付け、オーバーハングを合わせたら準備完了。ベルトの経年劣化以外には特に不具合は見当たらなかった。もっとも、そのベルトが要なのだけれど。これについては他のベルトドライブ機にも言える事だが、本当に信用できる互換品を探し当てて換えるほかない。

次いでTD150。リンの代名詞であるLP12のモデルになったと言われる製品。重厚で精密なプラッターに軽快なアームの対比が美しいデザインをいっそう魅力的に見せる。

プラッターやウエイトを外してカバーを被せたら、キャビネットごとひっくり返して電源トランスの結線を変更し、コンセントプラグを交換。内部の造りも素晴らしい。力の入れどころと手の抜き方の取捨選択が見事にバランスした品質からは、成熟したもの作りといった印象を受ける。

プラッターの軸に注油してカートリッジを交換。ベルトについてはアクシス同様。プラッターの品質と精度はアクシスよりも高い。ただ、重量が相当なものなのでベルトの寿命は短そうだ。

ヘッドシェルに付いていたカートリッジを交換して針圧を調整しようとしたら、ウエイトの動きが渋い。アームにフリクションを掛ける樹脂パーツが経年で変形しているらしい。近在のホームセンターから紙やすりを買ってきて削る。

ウエイトが滑らかに動いて固定ネジを締めたらピタリと留まるように按配して、さてあらためてと思ったら、今度はアームの動きがおかしい。ローリング方向のガタがある。調べてみると、水平軸が片方折れて無くなっていた。

初日の修理はここで終了。稼働中の他のプレーヤーの調整や修理をして、あとはまた明日となった。


2日目。
TD150のアームの水平軸は、回転軸の両側に掘られた凹みを左右から芯鉄で突く事で保持される単純な構造。芯鉄は芋ネジの先端に孔を穿って太い針を圧入したもので、これを締め過ぎず緩過ぎずのちょうど良いところを探して固定する。この個体では芯鉄の片側の先端が折れて無くなっていたが、ウエイトの動きが悪かった事が原因かもしれない。ゼロバランス調整時などに渋くなったウエイトを動かす事で細い芯鉄に力が集中して折れたのではないだろうか?

芯鉄は単体部品ではなく、折損しているのは圧入されていた先端だから、その部分を新たに作れば直せるはずだと踏んで、縫い針セットとダイヤやすり、それに包丁研ぎを買ってきた。

いちばん太い毛糸用の針の先端を工具で折り取ったら、あとはひたすら削って磨いてを繰り返して芯鉄を作る。太さ1ミリ・長さ2ミリほどなので、作業中に工具が滑って何度か床に落として探し回ったが、無事に出来あがって組み付けも問題なく、ガタも取れてアームは滑らかに動くようになった。

この時代の製品の懐の深さは、一般的な手まわり工具とユーザーレベルの工作技術でかなりの部分が修理・調整できるというところにあると思う。多くの人に分かりやすい仕立てで造りつつ、高い性能と長い寿命を製品に持たせているというのは、現代のハイエンド機とは全く異なるベクトルのすごさを感じるところだ。


最終日は組み上がりを機材につないで音出し。試聴しながらカートリッジの選定と各部の手直し。

じっと聴いていたお客さま。ウンとひとつうなづくと「・・・よし!OKです」


片方は思わぬ不具合を抱えていたものの、2台のベルトドライブ機は揃って新しい主のもとで現役復帰した。


2025年1月24日金曜日

Jensen 10J11 10インチ フルレンジ

 1950年代のジェンセンです。

10J11  10インチフルレンジ

1957年に製造された個体で、スムースコーンと呼ばれるタイプです。振動板の面積や紙の張りといった部材の特性に任せた素直な出音に、昔日のジェンセンらしさが感じられます。
フレームバスケットには重年の傷が見受けられますが、変形はありません。
コーン紙には汚れは見受けられるもののクラックやピンホールといったダメージは無く、年代に照らして良好なコンディションを保っています。

近年では無傷のスムースコーンは少くなりましたので、お探しの方、ヴィンテージユニットの扱いに慣れた自作派の方へおすすめします。


本品はモノラルでの使用も考慮し、1本ずつの販売といたします。また、商品の性格上、初回お取引きの方につきましては現状販売にて承ります。

・ジェンセン 10J11 10インチ フルレンジ・・・・・各15,000円(税込み)/1本


エンクロージャーやキャビネットへの取り付けは、太いネジを使用してフロントバッフルの板厚の許す限り深めに留めるか、M5程度のボルトを用いた貫通ボルト留めをおすすめします。10J11はPM10やP10と比較して小ぶりの磁石を採用していますが、それでも高感度で音の通る性格ですので、箱へのマウントが柔だと抑えが利かず散漫な音になります。
一方で、要所が適切に緊締されている場合には、薄手のエンクロージャーとの組み合わせでもおさまり良く鳴ります。


2025年1月16日木曜日

バリレラカートリッジの組み付け

馴染みのお客さまから、バリレラカートリッジをユニバーサル型のヘッドシェルに組み付けて欲しいとのご用命。自分はバリレラの経験値は皆無で、組んでもうまく音をまとめられるか分からないので・・・と断ったものの、それでも良いからという事でお預りした。

バリレラ。聴いた事はあるものの仕立てた事は無いので、仕組みを見て、自分が針になったつもりで組んでみる事にする。ノウハウについてあれこれ調べてみたところで、自分の経験として身になっていない情報を小手先でつぎはぎしても良い結果は獲られないだろうし。

針の周辺を観察してみる。
ねじり棒バネのような真鍮製のカンチレバーにスタイラスチップが植わっている。LP用の針は1ミルにしてはチップが小さく鋭く見えるから0.7ミルだろう。カンチレバーの上部にはダンパーゴムを介してこれも真鍮製の板があり、同じ形の鉄色の平板が重なるように接している。この部分は磁石ではないので、磁石はコイルとともにボディ内にある事になる。
針を再生時の位置に格納させた状態では、カンチレバーと平板の両脇に垂直尾翼のようなものが立っているが、これがヨークだろうか。とすると、ここを磁束が横切っていて、鉄色の平板へ伝わった針先の振動が磁束を変化させ発電する仕組みらしい。とてもシンプル。MI型のご先祖といったところか。

これは後日扱った別の個体。青いダンパーゴムは仮付けのもの

























組み付けに掛かる。
自分がこの構造の針ならどう鳴らして欲しいか考えながらシェルを選んで加工する。

ヘッドシェルは古いグレース製を使用


 






























カートリッジの天面はベーク板で、ボディシェルの爪を折り込んで四隅で留めてある。爪の部分が飛び出していて、そのまま組み付けるとヘッドシェルとは点接触になるため、天面の形状に合わせて接触部を整える。適切に固定する事はもちろんだが、過度に制振して響きを殺さないようにする。こういう場合は鉛のシートやゴム、樹脂製のスペーサを咬ませるのだと思うが、自分が針なら・・・という事で木を使った。

































リード線には時代や国を合わせたものを選んだ。線径はふだん使っているものよりもやや太め。接点同士が近いので、以前見たリアエンジン車の排気管を真似て引き回した。


































完成

























試聴。
最初の音出しから素晴らしい音が聴けた。バリレラを聴くたびに抱いた「ああ、バリレラの音だ」というやや苦手意識の交じった感想は出て来ない。

これまでに自分が聴いたバリレラの音は、どれも中高域の強く張った音だった。生き生きとしている一方で眉間を棒で突っつかれるような苛烈さもあり、正直なところ日がな一日聴いていたいと思う音ではなかった。

今回の個体は明澄で力感がありながら一日中聴ける音で、実際に試聴で音出しを始めてからそのまま一日中聴いて、翌日も終日聴いていた。
特筆すべきは音の実在感で、音像にはいかにも再生音といった感じの輪郭線のような曖昧な領域が無い。鳴らしているのは無論モノラル盤なのだけれど、音場の自然な奥行き・広がりは、モノラルをうまく鳴らせたときにステレオかモノラルかの境界が薄れて生の音を聴いているように感じられる特有の在り様。


どうやら今回の針は当たりの個体(少くとも自分にとっては)だったらしい。おかげで現代とは異なるモノラル時代の高忠実度再生を体感できたし、ビギナーズラックも獲られた。ただ、裏を返せば今までモノラルではこの水準の音を出せていなかったという事でもあるので、心持ちとしてはやや複雑だ。

バリレラは音の良し悪しの個体差が大きいという話は聞いていたが、今回、構造を見て納得が行った。経年による劣化や変質を逃れ得ないダンパーゴムが音の要になっている。
今後、今回のような音の個体とふたたび出会えるだろうか?