馴染みのお客さまが針を持って来られた。
「どうも音がきつくて。リード線の交換で音良くならないかなあと」
出されたのを見ると、オーディオテクニカのVM型。
「これ、テクニカの現行の針ですよね」
「そう。安かったから買ってみたんだけど・・・あんまり良くないやつですか?」
「いえ。テクニカのエントリークラスは普段使いの音として練られていますから、むしろ安い製品は聴きやすい音に出来てるはずなんですけど、きつい・・・?ちょっと聴いてみても良いですか?」
店のプレーヤーで聴いてみると、たしかに中高域に険があって耳やかましくて聴いていられない。
「ひどい音ですね。おかしいな、テクニカのエントリークラスがこんな音のはずは・・・」
仕立てを見てみる。ヘッドシェルが明らかに古い。70年代のものだろうか。当然リード線も同じ頃のものだろう。
「まずはリード線を替えてみましょう。こんな線がついてますし、現状からは良くはなると思いますけど、でも、この音ですからどこまでマシになるか・・・ともかく、あとは替えて聴いてみてから考えましょう」
リード線は今回も米国の“謎エナメル”を使うことに。
線を交換してさっそく試聴。
交換前とはまるで別ものの音が出た。オーディオテクニカのエントリークラスらしい安定感のある音。お客さまは驚いた様子だったが、自分はもっと驚いた。それほど最初の音はひどかったのだ。
数日後、このお客さまが今度はオルトフォンを持って来られた。
「これもリード線で音が良くなるかと思って」
「これも音、良くないんですか?」
「いや、こっちはべつに悪くはないんだけど、こないだのを聴いたらこれももっと良くなるかなと」
「どんな針でも必ず良くなるという訳でもないんですよ。最近の針はヴィンテージの線にすると逆にレンジが狭く感じたりする事があって、けっこう相性があるんです。まずはどんな感じか聴かせてください」
試聴してみると音が妙に筒っぽい。この音には聴き憶えがある。昨年の夏頃、ヘッドシェルにオマケで付いてくるような塩ビ線のリードを比較試聴した際に、古い線材で聴いた音だ。リード線を見ると、先回とは違ってチップは金めっきではあるものの、線材はやはり古い塩ビ線だった。はんだ付け部分の芯線には緑青が出ている。
「古い塩ビ線で芯線に腐蝕の出ているものは、聴いていてなんとなく窮屈な感じの鳴り方になるんです。芯線が粉っぽくなっていたり緑青が出たりしている場合は、音の取水口としては詰まりかけみたいな状態なのかも知れませんね。試しに同じ塩ビ線のリードで新しいものに替えて聴いてみますか?」
リード線を交換して試聴。
「ぜんぜん違う・・・」
「針を付け換えると、シェルの接点のちょっとした汚れで片側音が出ない時とかありますよね。針でつくられる電気信号はそれくらい微弱でちょっとした事で影響を受けますから、リード線の腐蝕も、僅かでも何かしら音に影響するという事ですね。今のこの音がこの針本来の音という事ですが、どうしますか?ここから謎エナメルに替えますか?」
「いや、この音でぜんぜん文句なし(笑)」
「このバランスだとヴィンテージ要素は要らないですよね。この針にはこういう普通の線が良いと思います」
この度の2件で、塩ビ被覆のリード線が劣化などの要因で芯線に腐蝕を生じた場合、それが軽微であっても再生音には聴感上判るレベルで影響の出る事が分かった。




