昨年末にお客さま宅へ出張した際、デンオン時代のMCカートリッジを預かった。うまく鳴らないので音を按配してほしいとの事。
「どうも線が細くて・・・この情報量でもっとしっかりと鳴るようになりませんか?」
帰ってから店で聴き返してみても、なるほどたしかにと思う音だった。細やかだが力感やに乏しい鳴り方。精いっぱい歩み寄って評価するとしたら“ソフトで聴きやすい音”といったところだけれど、疲れ気味の時ならいざ知らず、音楽を愉しみたいと思える体調のときに聴いたら欲求不満になりそうな音。柔らかめの音を好む自分がヤワだなと感じるほどだから相当だ。
両足をしっかりと地べたに踏まえたような確かさのある鳴り方へ持っていきたい。ならば困った時の頼みの綱だという事で、リード線をいつもの謎エナメル線に替えてみた。
結果は期待に反してひどいもので、いっそう弱々しく散漫な音になってしまった。針との相性はあるとはいえ、ここまで悪い方へ転ぶとは。
アンソニアのエナメル線に再交換してみたところ、相変わらず柔らかいキャラクターながらも真っ当な音になったので、この針ではこの辺りがおさまりの良いところかと一旦はできあがりとした。
それからしばらく経ってMC針の鳴らし方を思案していた際に、以前聞いた先達の言葉を思い出した。
『MCトランスにもずいぶん立派なのがあるけど、あんまり大きいトランスだと駄目なんだ。音がボケちゃって』
ひょっとしたら、リード線にも同じ事が言えるのでは?
もう一度デンオンの針を出してきて機材の設定を固定して試聴し、その後、リード線を手持ちのアンソニアでいちばん細いエナメル線に換えて聴き返してみる。
明確な音像と広い音場。端正でクリーンな高忠実度再生音だ。当店で鳴るとやや場違いな感じだが、間違いなくお客さまの好みの音だ。
これまでとは別ものになった音を聴きながら、6mVあるいは9mVといったMM針が闊達に鳴る太いエナメル線の中で、MC針の0.2mVは散ってしまっていたのかも知れないなと思った。
人間から見れば“細いエナメル線”というひとくくりだけれど、電子にとっては線態の僅かな違いは、それぞれまったく異なる道路環境なのだろう。


